"閣下がインディアンを見ることができたというのは、本当はインディアンがいないってことです" ―村上春樹 『めくらやなぎと眠る女』より
荒野の向こう側からは、リズミカルな太鼓の音と、男たちのけたたましい叫び声が聞こえる。
彼らは猛禽類の羽を頭にいっぱいにつけている。
ここからではよく見えないが、顔には何か塗料のようなものを付けているらしい。
彼らと我々の間には、ハゲワシが気だるそうに我々と、向こう側の男たちを交互に眺めている。
ときどき思い出したように、足元の死体をついばんでいる。
先日、この場所で我々の偵察隊と蛮族との戦闘が繰り広げられた。
いや、それは戦闘と呼べるものではなかっただろう。
蛮族による一方的な殺戮だった。
如何に我々が銃を手にしていようとも、数十人に対して数百人の人間に一度に襲われればひとたまりもない。
我々の同志は、あっという間に蛮族に取り囲まれ、命を落とした。
それが、数日前の出来事だ。
我々は今、彼らの無念を晴らすため、また、蛮族どもを一掃してこの地を開拓するために召集された。
この荒れ果てた荒野に文明の光を送り込み、世界をより発展させるために我々はここにいる。
向こう側には数千の蛮族がいるだろうか。
我々の側にも似たような数だ。
だが、蛮族どもの武器は所詮は槍や斧だ。
我々の銃火器の前では何の役にも立たないだろう。
今度の戦いは我々の一方的な殺戮になるだろう。
だけどそれは仕方のないことだ。それが文明と言うものなのだ。
これから数年もすれば、彼ら蛮族の生き残りたちも、我々の文明の光を浴び、その恩恵にあずかることだろう。
これまでのような暗くジメジメした洞窟にすむこともなくなるだろう。
病気や飢えに苦しむこともなくなるだろう。
この戦いはそのための通過点なんだ。
私もこの戦いが終わったら、故郷から母親を呼ぼうと思う。
ここの地で牧場を開いて新しい生活を始めよう。
私は母親のことを思い出す。
飼っていた犬のことを思い出す。
近所に住んでいた幼馴染のことを思い出す。
彼女の歌声を思い出す。
どこかで笛の音が聞こえる。
笛?
おかしいな。どうして笛なんだろう。
これまでの人生の中で、笛なんてものが何か重要な要素として登場してきただろうか?
思い出せない。
空耳だろうか?
笛についてひとしきり考えをめぐらしているとき、今度は地響きのようなものが聞こえてきて我に返った。
けたたましい叫び声とともに蛮族がこちらに向かって一斉に走ってきのだ。
私は銃を握り直す。
大丈夫、こちらには銃器がある。
所詮相手の武器は槍や斧だ。
こちらの方が圧倒的に有利だ。
十分にひきつけたから引き金を引くんだ。
焦ってはいけない。
焦って、目標がまだ遠いうちに発射してしまうと、弾を外してしまったり、当たったとしても致命傷にならない。
しかし、頭でわかっていても数千の蛮族が恐ろしい形相でこちらに向かってくるの見ると、恐怖でのどがカラカラになった。
蛮族はもう目の前まで来ている、もうこれ以上は待てないと思ったとき、司令官が「撃て!」と叫んだ。
私は引き金を引いた。
先頭の蛮族たちは数十メートル先で一瞬宙に浮いた。
そしてそのままあおむけに倒れた。
私は急いで2つ目の銃弾を詰め、銃を構えた。
そのとき、ヒュッという音が耳のすぐそばでしたかと思うと、後ろ側でゴンと鈍い音がした。
思わず振り返ると、後ろにいた同志があおむけに転がっていた。
その顔は血だらけでつぶれており、口だけがぽかんと開いていた。
顔の横には真っ赤になったソフトボールぐらいの大きさの石が転がっていた。
私は恐怖のあまり固まってしまった。
動けない。
「前を見ろ!」と誰かが叫んだ。
私は、ハッと蛮族が来る方に向き直ると、目の前に蛮族が斧を振り上げていた。
私は手もとの銃の引き金を夢中で引いた。
蛮族は私の方に倒れこみ、私はそのまま押し倒されるような形であおむけに倒れた。
私は必死に蛮族から逃れ立ち上がった。
蛮族は、そのまま息絶えた。
周りを見渡せば、ところどころで接近戦が繰り広げられている様だった。
最初の目論見とは違い、我々の方にも少なからず犠牲者が出ただろう。
しかし、あらかたの蛮族は我々の陣営の数十メートル先の地点で銃弾に倒れていた。
残りの蛮族を片付けるのも時間の問題だった。
我々は勝利したのだ。
そして私は生き延びた。
****
戦闘が終結して数時間がったった。
月明かりにがかつて戦場だった場所を照らす。
そこにひと一人の男がたっていた。
彼は動物の革でできた大きな袋を引きずっている。
彼は、死体の前にしゃがみ込んで、その口の中に手を突っ込む。
その手をもぞもぞと動かしたあと、ゆっくり引き抜くとゴルフボールくらいの大きさの丸く白い塊を取り出す。
そしして、大きな袋の中に入れる。
彼は荒野に転がる死体一つ一つから、同じように白い塊を取り出す。
「これだけたくさんあれば」
と彼は思う。
「これだけたくさんの魂があれば、とても強力な笛が出来上がる」
彼は、魂から笛を作る。
彼が作る笛は、人の心を操る。
彼は人の心を操って、人々に殺し合いをさせる。
そして、その魂を集めてさらに強い力の笛を作る。
彼は、蛮族が荒野を支配する何万年も前から笛を作ってきた。
そしてその笛をつくって魂を集めてまた笛を作った。
そしてこれからも笛を作り続ける。
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