2014年2月10日月曜日

『ドライブ・マイ・カー』と中頓別町の問題について、いちハルキストとして思うこと

先日、村上春樹が話題になっていた。




いちハルキストとして、これについて一言書かずにはいられなかったので書きます。

件の『ドライブ・マイ・カー』は文芸春秋2013年12月号に掲載された短編小説です。

文藝春秋 2013年 12月号 [雑誌]

文藝春秋 (2013-11-09)

あんまり文芸雑誌って読まなかったんだけど、これを機に図書館で借りて読んでみた。


話題になっている箇所は、中頓別町出身の女性ドライバーがたばこをポイ捨てしているところを、主人公が見て”たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう”と思うシーン。

なるほど、これだけ読んだら、中頓別町のそれなりの人は、立場上怒らないといけないのもわかる気がする。

きっと、

A「先生! 村上春樹の小説に我々の町が載ってます!」

B「なに! 村上春樹はなんて言っている?」

A「わが町では、ポイ捨てをすることが普通だといっています!」

B「なんだとw けしからん! 抗議だ!」


とまぁ、多少大げさだけど、こんな感じで小説全体ではなく「ポイ捨てをしている」という部分だけで、判断されてしまったんだろう。


もちろん、町議会の方もお忙しいだろうから、小説を全部読むなんてことをいちいちしないだろう。しょうがない。

村上春樹は世界的に有名な小説家だとしても、一般的にはただの小説家の一人にすぎない。


それに誰だって、自分の町のことを悪く言われたら腹も立つ。



ただ、ちゃんと全文読んでみると、村上春樹は別に侮辱とか悪くいっているわけではないというのは(普通の読者なら)わかるはずだ。


この物語の主人公は、よく言えば物事を判断する自分なりの基準というものをしっかり持っている。悪く言えば偏見に満ちている。


冒頭に、主人公の女性に対する考え方が描かれているんだけど、そこからもよくわかる。

これまで女性が運転する車に何度も乗ったが、家福の目からすれば、彼女たちの運転ぶりはおおむね二種類に分けられた。いささか乱暴すぎるか、いささか慎重すぎるか、どちらかだ。
そんなわけない。だけど、主人公はそういう男だ。決めつける。

この主人公は基本的に偏見だらけだし、それは「盲点」という言葉でも示されているように、この物語の重要なキーワードにもなっている。



だから、まさに主人公は中頓別町に対して偏見と誤解を持っている。

「たばこをポイ捨てするのが普通」というのは偏見であり、誤解だ。


偏見で誤解であることに対して、「偏見で誤解だ!」と抗議されたら、「おっしゃる通り偏見で誤解でございます」としか言いようがない。


だけど、村上春樹はそんな大人気のないことを言わずに、大好きな北海道の方々に不快な思いをさせないことを優先させた。大人の対応だ。と同時にちょっとしたあきらめの気持ちもあるような気がする。そこまで頑張ってわかりあおうとはしないというあきらめ。




今回の問題は、村上春樹のコメントにあるように、とても「残念」な結果だと思う。


中頓別町の方も、自分の町を愛するからこそ、こういう抗議に発展したわけで。


もし、町議会の方が小説が好きで、ゆっくり小説を読む時間があれば、きっとわかりあえたと思う。
(でも万人が小説好きなわけじゃないし、ひまじゃない。)


ちゃんとかみ合えば、もっと違った形になったんじゃないかなあと思うと「残念」です。



でも考えてみたら、抗議があるのは中頓別町だけだったということで良しとするべきなのかもしれない。
物語の中には他にも突っ込みどころ(飲酒運転や女性に対する偏見etc etc...)がたくさんあるんだから。




それにしても、この件にたいする村上春樹のコメントが、素敵だ。

僕は北海道という土地が好きで、これまでに何度も訪れています。小説の舞台としても何度か使わせていただきましたし、サロマ湖ウルトラ・マラソンも走りました。ですから僕としてはあくまで親近感をもって今回の小説を書いたつもりなのですが、その結果として、そこに住んでおられる人々を不快な気持ちにさせたとしたら、それは僕にとってまことに心苦しいことであり、残念なことです。中頓別町という名前の響きが昔から好きで、今回小説の中で使わせていただいたのですが、これ以上の御迷惑をかけないよう、単行本にするときには別の名前に変えたいと思っています


この手のコメントは、けんか腰になったり、堅苦しい形式だけの謝罪だったりすることが多いけど、村上春樹のコメントは、出だしから「いまからエッセイでも始まるのかな?」と思ってしまうくらい自然な文章だ。

「僕は敵じゃないよ」「喧嘩するつもりはないよ」っていうような親しみを感じる。

さすがは小説家だなぁと思う。

(こういう気障な感じが嫌だという人もいるだろうけど)





とまぁ、こんな風に書いては見たものの、結局は僕がハルキストだから、村上春樹側を擁護してしまうけど、これがあんまり好きでない作家のものだったら、一緒になって叩いてしまいそうな気がする。
自分の嫌いな作品にも公平さを持ちたい。

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